私たちは『買われた』展に行ってきました。〜中高生少女の売買春〜

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行って参りました。

私たちは『買われた』展に。

中高生の売買春に関する企画展です。

会場は新宿区、神楽坂。

会場のビル、正面玄関です。

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会場は2階。

エレベーターのある建物の脇へ回ります。

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2階でチケットを購入します。

当日券で1,500円。

チケットの購入中、チラと横目で会場内を一瞥します。

すると…

会場内には予想外の人、人、人。

大変失礼ながら、想像していたのは「平日だし、数名のお客さんがパラパラいる程度だろう…」でしたが…

いやいや、会場内にはおそらく40名以上の人がいたと思われます。

物凄い数でした。

皆の関心の高さが伺えました。

余談ですが、後で会場の床面積を調べたら、その会場の床面積は100平米。

間取りで言えば、4SLDKか5LDKのイメージ…4人家族が住む高級マンションのような感じです。

そこに40人以上の人がいる感覚です。

とにかく物凄い数のお客さん…これが第一の印象でした。

さて、会場内は撮影、録音、メモが禁止でしたので、ここでは特に印象に残っていることに焦点を当てて書き連ねていきます。

会場内の壁には当事者である中高生の少女たち自らが体験した売買春に関する告白文が掲げられていました。

端から順に見ていきます。

売買春に係る体験談には大きく分けて2つのパターンがありました。

一つは家庭環境の不和により売買春に関わるようになったケース。

もう一つは家庭環境以外の要因によるケース(掲げられていた一例で言うと、恋人と別れて自暴自棄になったなどの理由)です。

今回、自分が最も気になったのは前者の売買春についてでした。

告白文を見ていくと大抵の女の子たちの家庭環境はメチャクチャです。

親が犯罪者、性的な要求をしてくる、基本的生活維持の放棄、罵声を浴びせる…などなど。

およそ「自らの子にそんな仕打ちをするか?」と胸糞悪くなる親たちの所業ばかりが書き綴られていました。

どうしたらこんな人間になれるのか?

親たちの人格を疑うばかりです。

また、家庭というものは子供にとって唯一の大きな世界であり、心の拠り所です。

ですから簡単にそこから逃げ出せるわけがありません。

「そんな家庭なら逃げ出せばいいじゃん。」

もしそんなことを求めるとしたらそれは酷な話です。

振り返って…では自分が同じ年頃だった頃を思い出してみてください。

例えば自分がその年頃で家庭から逃げ出すだなんて、そんな大それたことが果たして出来たでしょうか?

金もない、住む当てもない、ましてや中学生じゃ働く当てもない。

生きていけるはずがありません。

何故こんなことを言うかというと、ネットでは「売春する中高生が悪い。」「被害者ヅラするな。」という書き込みを見掛けるからです。

例えば「ブランド品を購入するためにお金が欲しいから。」などという浅はかな理由で売春に走る人間はそう言われてもやむなし…むしろ議論にすら値しないですが、しかし今回の企画展の主なケースは家庭環境の不和による被害のケース。

不可抗力のケースです。

これは見逃せません。

そして告白を読んでいく中で、少女たちには共通のキーワードがありました。

一つは先程から述べている「家庭環境の不和」、他には「判断能力の欠如」、「思考停止」、「承認欲求」です。

告白には「幼少期から親に暴力や罵声を浴びせられ…」といったものがありました。

大の大人にそんなことをされたら恐怖で判断能力が欠如したり、もう何も考えたくない、考えても仕方ない…などと思考停止もするでしょう。

そこで思い出したのは自分の親。

自分の両親はよく喧嘩をしていました。

その頃、自分は小学生でしたが、とても怖かったのを覚えています。

それを思い出したら少女たちの気持ちは想像に難くありませんでした。

判断能力の欠如や思考停止のケースは大人の世界にもあります。

例えばブラック企業に勤める人たち。

「そんなにブラックならやめればいいじゃん。」

そのような意見をよく見掛けます。

でも辞められない人たちがいます。

そういう人たちも同じような感覚かもしれません…

「いくら家庭環境が壮絶でも…かといって売春するのは違うでしょ?」

そういう意見もよく見掛けます。

しかしこれも思考停止の状態であれば、もう判断出来ないでしょう。

それだけの恐怖が少女たちを取り巻いているのだろうと思います。

恐怖は人を支配します。

「恐怖政治」という言葉があるくらいです。

まだまだ住まう世界の小さい少女たちはその恐怖に従わざるを得ない。
(従っているなどといった感覚もわからないくらい気持ちは麻痺するのではないだろうか)

そうしなければ生きられないから。

「いや、ネットでいくらでも相談先とか情報を得られるじゃん。」と言う人たちもいるでしょう。

しかし情報はあっても、若い少女たちに知恵として利用出来るほどの思考や判断力、行動力が果たして残っているでしょうか。

大人は大人だから対処法を知っているのであって、もう一度言いますが、あなたがその少女たちと同い年の頃、果たしてどれほどの行動が出来ただろうかと想像を巡らせてみてください。

そう簡単には行動出来ないはずです。

それに行動するには、自分の惨めさや不遇という恥辱…それらを晒すことの苦しさがあります。

家庭環境の不和に苦しむ少女たちに厳しい意見を述べる方がいるとするならば、そういったことも大いに想像してほしいものです。

そして最後に「承認欲求」。

みんな「愛されたい」「必要とされたい」と心から願っています。

少女たちは渇望しています。

さて、今回の企画展で一人、とても印象に残っている子がいます。

17歳の女の子です。

その子の母親はその子がまだ若い頃に亡くなったそうです。

そしてその後は施設で育ってきたそうです。

その子は我慢強い子でした。

例えば周りの同世代の友達とファーストフード店に行った時、友達がポテトを注文しても、自分は無駄なお金は使えないと水だけを飲んで我慢したそうです。

おそらく母親が亡くなってから、そういった様々な我慢をずっと繰り返しているのでしょう。

「自分は同世代の子とは違う…」

気持ちが揺れ動く思春期にこの思いは相当なものです。

自分も同じような経験があったのでわかります。

他にも幾つかの体験が書かれていました。

最後にこんな内容の記述がありました。

「辛い時には亡くなった母親の手紙を見ている。」と。

母親の手紙の文体は少しおかしいそうです。

その子曰く「母親には障碍があったのかもしれない。」と。

でも辛い時、その手紙を見て気持ちを新たにしている…

そんな内容で彼女の告白は締めくくられていました。

文面から見るにおそらく彼女の芯は強い。

今は不遇な境遇に置かれているかもしれないが、しかし彼女は通常人のすぐ水面下にいる気がする。

あと少しで、あと少しのきっかけで彼女は浮上出来るような気がする。

それはおそらく彼女は強い精神を持っているから。

彼女の体験や文体からそう感じました。

どんな境遇でも負けない不屈の精神を持つことは容易じゃありません。

相当に困難なことがあれば人はいとも簡単に挫けます。

大の大人だって挫けます。

そんな中、彼女はおそらく強い。

他の子だってきっと強い。

今回の企画展で体験を語ってくれた少女たちの人生は不遇かもしれない。
しかし少女たちにはその不遇な環境で生き抜いてきたという自負を持って、これからの人生に絶対に挫けることなく生き抜いていって欲しいと切に願っています。

貴重な体験談、本当にありがとうございました。

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